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東京地方裁判所八王子支部 平成元年(ワ)831号 判決 1994年10月20日

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

理由

第一  請求

被告は、原告甲野花子(以下「原告花子」という。)に対し、金三九五二万二九一三円、同乙山春子(以下「原告春子」という。)及び同乙山夏子(以下「原告夏子」という。)に対し、各一九二六万一四五六円並びにそれぞれに対する昭和六三年七月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、交通事故を起こして逮捕された被疑者である亡乙山太郎(以下「太郎」という。)が、警視庁八王子警察署(以下「八王子署」という。)内の留置場で一晩留置された後、翌朝死亡した事件について、太郎の妻子が、太郎の死亡は警察官の過失によるものであるとして、被告に対し、国家賠償法一条一項に基づき損害賠償(逸失利益八〇〇四万五八二六円及び慰謝料二二〇〇万円、合計一億〇二〇四万五八二六円の内金七七〇四万五八二六円の各法定相続割合並びに原告花子の支出した葬儀費用一〇〇万円)を求めた事案である。

一  争いのない事実等

1  被告は、八王子署を統括する地方公共団体である。

2  原告花子は、太郎のもと妻であり、同春子及び同夏子は太郎の子である。

3  昭和六三年七月一〇日午後八時五五分頃、太郎(当時三五歳)は、飲酒の上自動車を運転中、八王子市加住町二丁目六八番地付近の谷野街道上においてセンターラインをオーバーして対向車に正面衝突し(以下「本件事故」という。)、対向車に乗車していた四名のうち一名を死亡させ、一名に重症、二名に軽傷を負わせた。

4  太郎は、八王子署署員によつて業務上過失致死傷罪及び道路交通法違反の被疑者として同日午後九時二五分現行犯逮捕された。逮捕後、救急車で八王子市内の財団法人仁和会総合病院(以下「仁和会病院」という。)に運ばれて診断を受けたが、医師は口腔内挫創と右足関節、左膝打撲傷等により全治一〇日間と診断した。太郎は、医師の治療を受けた後、八王子署で取り調べを受け、同署内の留置場に一晩留置された。

翌一一日午前七時三四分、太郎は、小腸及び結腸の腸間膜破裂による失血によつて死亡した。

二  争点

八王子署署員の太郎に対する対応に過失が認められるか。

1  原告らの主張

八王子署署員には、太郎の身柄を拘束した以上、その健康状態に留意し、身体の安全を保全する義務があつたのに、必要な措置をせず、太郎は手遅れになつて死亡した。

(一) 仁和会病院の医師は、本件事故が死者一名を出している重大事故であると知つていれば、太郎も重大な傷害を負つている危険性が高いと判断し、慎重な診察をしたはずであつた。ところが、太郎に付き添つて同病院に行つた同署員が、医師に本件事故の詳しい内容を説明すべきであつたのに、これをしなかつたため、太郎は慎重な診察を受ける機会を失つた。

また、同署員は、医師に対し、太郎を留置する予定であることを告げるべきであつたのに、これを告げなかつたため、医師から容態の急変した場合等の注意を受けず、以後の太郎に対する不十分な措置につながつた。

(二) 取調中、太郎は「水が欲しい。」といつて水を飲んだ後間もなく吐き、また、長椅子に倒れこんで横臥する等の異常な状態がみられた。

同署員は、右異常が認められた段階で、直ちに取り調べを止め、医師の診断を受けさせる必要があつたのに、漫然と取り調べを続行した。

(三) (二)のとおり、取調中太郎の容態は悪化していたので、同署員は直ちに釈放すべきだつたのに、漫然と留置を決定した。

そして、留置する場合には、太郎の健康状態を慎重に検査し、医師と相談して留置に際し注意すべきことを確認し、状況によつては留置場ではなく病院に収容することを検討しなくてはならなかつたのに、漫然と一般的な身体検査をしただけで、太郎を留置場に収監した。

(四) 太郎は、収監後、二度も水を飲んだ後嘔吐した。右事実を確認した同署員は、上司に必要な報告をし、太郎を医師にみせて速やかに診断、治療を受けさせるべきだつたのに、何も措置をとらず朝まで放置した。留置場で吐いた時点で医師に連絡があれば、医師は直ちに腹部の出血を止める手術をし、太郎は命をとりとめたはずだつた。

2  被告の主張

(一) 太郎を仁和会病院に運ぶ際、同署員は、救急隊員に本件事故の態様、太郎が口と足に怪我をしていること、太郎が酒を飲んでいることを説明して引き継いでおり、医師は、救急隊員から右の説明を受け、本人にも問診した上で、入念に診察した。

(二) 取調中、原告らが主張するような異常な状態はみられなかつた。

(三) 留置は、太郎の健康状態も考慮した上で決定した。

また、留置の際、同署員は、太郎の身体検査を行つた上で、仁和会病院に電話し、診察を受ける必要があるかを確認したが、必要がないとの回答を得たので収監した。

(四) 太郎が二度吐いたことを確認した同署員は、太郎の顔色や外見上の変化がなかつたこと、飲みすぎて吐くことはよくあること、太郎自身が「飲みすぎるとよく吐くことがあり大丈夫だ。」と言い、特に腹痛等を訴えたり治療してほしいと申し出たりせず、直ぐに寝入つたことから、太郎の体調に特別は変化は認められないと判断した。

第三  争点に対する判断

一  《証拠略》によれば、以下の事実が認められる。

1  太郎は、昭和六三年七月一〇日、友人の開店祝いに招かれた。同日午後一時頃から午後八時ころまでビール等の酒類を飲んだ後、友人が呼んでくれた運転代行業者に自分の車を運転してもらつて帰宅の途についたが、途中でわざわざ代行業者の運転を断り、酒に酔つた状態で自ら運転を始めたところ、突然センターラインを越えて対向車線に侵入し、たちまち金子長次郎が運転する対向車に正面衝突した。双方の車両は大破し、運転していた右金子は肋骨三本を骨折し、助手席に同乗中の同人の妻は首の骨を折つて死亡した。後部座席に乗つていた田口千代(以下「田口」という。)とその夫も軽傷を負つた。

2  連絡を受けて、八王子署から、当日の宿直責任者であつた警部の脇谷、巡査の今井、警部補の湯田坂等が現場に向かい、同日午後九時二五分頃太郎を業務上過失致死傷及び道路交通法違反(酒酔い運転)の被疑者として逮捕した。

逮捕時の太郎は、顔が赤く、目も充血して酒臭が強く、呼気一リットル中に〇・四ミリグラムのアルコールが検知された。また、上体がふらついて真つ直ぐ歩行できず、目を開けたまま直立の姿勢をとらせると五秒間位でふらついた。太郎は、酒を飲んで運転したことを認め、反省している旨を述べたが、センターラインを越えた地点の特定等詳しい状況の説明はできなかつた。また、口唇から血をにじませ、右足をひきずつており、足の痛みを訴えていた。

脇谷らは、本件事故を目撃した丙川から事情を聴取して実況見分を進め、太郎を入院させて治療を受けさせる必要があるか、あるいは留置して取調べることが相当かどうかを判断するために医師の診断を求めることとし、救急車を呼んだ。脇谷は救急隊員の鈴木に対し、乗用車同士の正面衝突で太郎が運転していたこと、酒を飲んでいることを説明した上で、太郎を預けた。太郎は、自分で歩いて救急車に乗り、また、鈴木に対し、「口の中、左膝、右踵を怪我した。他に怪我したところはない。」と言つた。

3  太郎は、仁和会病院に搬送され、同病院の当直医師である斉藤の診察を受けた。斉藤は、鈴木から、太郎が衝突事故を起こした自動車を運転していた者であることを聞いた上で診察を始め、衣服を脱がせて全身を観察し、胸と腹等を手で押して触診した。シートベルトを着用して交通事故にあつた場合、着用部分の皮膚が擦れたり内出血したりしていることが多いが、太郎の腹部にはこのような跡がみられなかつた。また、太郎に問診したところ、足の痛みと口を怪我しているいと言い、腹痛はないと言つた。太郎は、「警察に行かなきやならないんだから早くしてくれ。」とも言つていた。斉藤は、このような事故による傷害において、最も注意すべきは内出血の有無であるので、この点について特に注意して慎重に診察をしたが、何らの徴候もみられなかつたので、腹部その他に内出血はなく、入院させたり直ぐにレントゲンを撮つたりする必要はないと診断し、口腔内の傷を縫う等の治療をし、念のためレントゲンを撮影するので翌日来院するように指示し、何か異常があれば直ぐに病院に来るように注意した上で、今晩は帰つてよいと告げた。

今井は、救急車に続いて同病院に赴き、治療が終わつてから斉藤に面談し、口と足の怪我で全治一〇日間位であると説明された。今井は、看護婦から太郎の化膿止めの薬を受け取り、薬の飲み方について説明を受け、太郎を連れて八王子署に戻つた。

4  今井は、同日午後一一時頃、太郎を連れて八王子署に戻り、捜査主任の湯田坂に口と足の怪我で全治一〇日間位であること等を報告して太郎を引渡した。湯田坂は、同署交通捜査係取調室で太郎を取り調べたところ、飲酒運転をして対向車と衝突したことを認めた。この際、湯田坂は、太郎に体調について尋ねたが、特に異常はないと答えた。

湯田坂は、弁解録取書を作成し、脇谷に対し、本件事故の内容、取調べ状況、太郎に飲酒運転の行政処分歴であること、医者の診断結果や太郎の様子から健康面に支障がないと思われること等を報告し、太郎は留置されることになつた。

その後、太郎はしばらく取調室で待機していた。太郎は、最初、取調室の机に寄り掛かるような姿勢でいたが、足が痛いと訴え、取調室に隣接する交通捜査係の大部屋に長椅子が運ばれて移され、足を上げて楽な姿勢をとつていた。太郎は、一度水を要求し、二度トイレに行き、洗面所で顔を洗う等した。しかし、嘔吐したり、腹痛を訴えたりしたことはなかつた。

5  湯田坂は、既に深夜になつていたので、詳しい取り調べは夜が明けてからすることとして、太郎を留置室に留置することにし、同月一一日午前一時頃、同署留置係であつた巡査部長の遠藤らに身柄を引き継いだ。その際、遠藤は、本件事故の内容、太郎が口と足に全治一〇日位の怪我をしているが病院で治療を受けていること等を告げられた。なお、留置主任官は宿直責任者の脇谷が兼ねていた。

遠藤らは、留置するにあたり、太郎を肌着だけにして、凶器等危険物の所持と外傷を確認した。腹部も肌着をたくしあげさせて確認したが、表皮の異常や内出血は確認できなかつた。健康状態について質問すると、太郎は「右足と肩が痛い。」と言つた。遠藤らは、太郎の肩の痛みについては聞いていなかつたので脇谷に報告し、脇谷は湯田坂に対し、念のため仁和会病院に連絡して太郎の正確な傷病名と負傷の程度を確認するよう指示した。

湯田坂が仁和会病院に電話をすると、斉藤は仮眠中とのことで話ができなかつたが、職員が太郎の傷病名と負傷の程度について、カルテに記載されている診断内容と翌日レントゲンを撮る予定であることを告げた。脇谷は、遠藤に対し、仁和会病院の照会結果を教え、明日レントゲンを撮るために病院に連れていくこと、動静に注意し、変わつたことがあつたら直ぐに報告するように指示した。太郎は、様子を観察しやすいように、看守席から最も近い留置室に留置された。

6  遠藤は、留置室内の太郎から水を要求され、湯飲みに入つた水を与えた。太郎は、水を飲んでしばらくすると、室内のトイレに行つた。その後直ぐに横になつたが、しばらくして、また水が欲しいといい、水を飲んでしばらくするとまたトイレに行つた。

太郎が二回目にトイレに入つた際、遠藤はトイレの裏に回つて様子を見ていたが、太郎は便器の縁をちり紙で拭いており、水様の物を吐いた様子だつた。どうしたのか尋ねたが、太郎は、初めにトイレに行つたときも吐いたが何でもないと答え、直ぐに寝入つた。湯田坂は、遠藤から太郎が吐いたことを報告され、様子を見に行つたが、顔色等が普通でよく寝ており、また、太郎が腹痛等を訴えていたわけではないとのことだつたので、異常はないと判断した。その後、遠藤は、同日午前四時まで太郎を観察し、同日午前四時から午前六時頃までは、概ね一五分おきに、署員が交代で留置場内を巡視していたが、太郎はずつと眠つており、異常はみられなかつた。

7  同日午前六時頃、太郎は他の留置人と一緒に起床した。

起きると太郎は一口水を飲み、再び横になつていた。同日午前六時四五分頃、刑事課の巡査部長が指紋を採取するために入場し、横になつていた太郎に声を掛けたが返事がなく、体を揺すつたところ、目は開けていたが顔が青ざめ、脈拍は弱く痛覚反応も鈍つていた。遠藤は直ちに宿直幹部に報告し、太郎は救急車で東京医科大学附属病院八王子医療センターに運ばれたが、同センター内で同日午前七時三四分ころ死亡した。

同日、重田聡男医師による、行政解剖の結果、腹腔内に二二〇〇ミリリットルの出血がみられ、太郎の死因は、小腸及び結腸の腸間膜の損傷による失血死であると判定された。右損傷は、本件事故時、衝撃によりシートベルトの圧力が加わつたことが原因であると考えらえる。また、失血は、事故から死亡までの約一〇時間半の間に静脈から徐々に進行したものと考えられるが、このような場合、失血がある程度の量に達するまで、明確な症状が表れないために、その診断は難しい場合もある。

8  原告らは、仁和会病院に対し、太郎の診察、治療が不十だつたとして訴訟を提起したが(当庁平成三年(ワ)第二〇八九号)、平成四年一二月二四日仁和会病院から合計二五〇〇万円の解決金の支払を受ける旨の訴訟上の和解が成立した。

以上の事実が認められる。

なお、原告らは、取調中、太郎が吐いた事実があると主張し、原告花子は、警官から太郎が吐いたということを聞き、体は大丈夫なのか尋ねたところ、病院に連れていくので大丈夫だと言われたと供述し、証人丙川は、交通捜査係の大部屋で、太郎を長椅子に移す時、警官が「本人が気持ち悪いと言つている。」等と話しているのを聞いたような気がすると供述する。また、田口は、同月一〇日午後一〇時三〇分頃八王子署に着いて直ぐ、受付前の廊下で待つていたとき、トイレの中から、警官の「吐いた」とか「吐きそうだ。」とか言う声がきこえ、その後太郎と思われる人物がトイレから出てきた、と原告代理人及び原告花子に対して供述している。

しかし、証人今井、同湯田坂は、太郎が取調中吐いた事実はないと供述し、同山本も、警官が原告花子と話をしている時一緒にいたが、太郎が吐いたという話を聞いていないと供述している。また、同丙川の供述は曖昧であり、田口の供述も、直接太郎が吐いたのをみたという内容ではなく、さらに、トイレから出てきた人物が太郎であると直ちにいえるものではない。以上を勘案すると、前記各供述があるからといつて、太郎が取調中吐いた事実を認めることはできない。

二  以上を前提に争点について判断する。

(一)  前記認定のとおり、八王子署署員は、太郎を逮捕した後、直ぐに仁和会病院に運んで斉藤の診察を受けさせ、「口と足の怪我で全治一〇日間」という診断を受けたが、これについて、原告らは、今井は、斉藤に対し、診断の参考になる重要な事実として本件事故の詳しい内容を知らせ、また、太郎を留置する予定であることを話して留置する際注意すべきことについて指導を受ける必要があつたのに、これを怠つたと主張している。

前記認定のとおり、今井は斉藤に本件事故の詳しい内容を直接説明はしていないが、斉藤は、救急隊員から事故の概要を聞き、さらに太郎本人にも必要な問診をした上で全身の観察や十分に時間をかけて腹部等の触診をしていることに照らすと、それ以上に本件事故の詳しい内容を知ることが的確な診断をするために必要であつたとは認められない。また、原告らは、今井は斉藤に太郎を留置する予定であることを知らせなかつたことが過失であると主張するが、前記認定のとおり、脇谷らは、医師の診断をまつて、留置の可否を含むその後の処置を決する予定であり、そのために診断を受けさせたのであるから、留置の決定をしたのは、診断の結果を知つた後のことであると認められる。診察を受ける前に留置が決定されていたという原告らの主張は前提を誤つている。

(二)  次に、原告らは、太郎には取調中吐く等容態の悪化がみられたのであるから、同署員は、太郎を釈放するべきだつたのであり、少なくとも斉藤医師から留置について改めて指示を受けるべきだつたと主張する。確かに、警察が被疑者の身柄を拘束する場合、被疑者の健康状態に支障が生じないように配慮しなくてはならず、また、被疑者の健康状態が身柄の拘束に耐えられないと認められる場合には、身柄の拘束を継続してはならないと考えられる。

しかし、前記認定によれば、太郎は、取調中、若干だるそうにしていただけであり、留置する際の身体検査でも特に異常はなく、さらに、同署員が度々体調について尋ねても、腹痛等特段の異常を訴えたことはなかつたことが認められる。

前記のとおり、太郎は、既に斉藤の診断を受けて口と足の怪我で全治一〇日間であるとの診断結果を得ており、その後の様子にも特段の異常がないこと、また、本件事故の内容や取調べ状況に照らせば、留置の決定は相当な判断であるということができる。また、太郎の様子に特段の異常がみられない以上、改めて斉藤から留置について指示を受ける必要があつたということはできない。

また、同署員は、取調後太郎を長椅子に移し、足を上げさせて楽な姿勢がとれるようにし、また、太郎が肩の痛みを訴えたのに対し、仁和会病院に連絡して診断の結果を確認する等、太郎の体調には十分配慮していたということができる。

(三)  前記認定の事実によれば、留置後、同署員は太郎を、看守席から最も近い留置室に入れて、同六三年七月一一日午前四時ころまでは遠藤が終始様子を観察し、同日午前四時から同日午前六時までは宿直幹部が一五分おき位の間隔で巡視していた。そして、太郎は、留置後、二度水を飲んだ後吐いたことがあつたが、その後は直ぐ寝入つて、そのまま起床時間まで寝ていたものである。

原告らは、同署員は、太郎が二度吐いた後、直ちに仁和会病院に連絡をとつて医師の診察を受けさせるべきだつたと主張しているが、水様のものを少量吐いただけであること、太郎に体調を尋ねても何も異常はないと答え、顔色等の様子にも特段の異常がなかつたこと、直ぐに寝入つたこと、また、それまでの太郎の様子や一度医師から全治約一〇日の怪我であるとの診断結果を得ていたことを考慮すると、二度吐いたことから直ちに医師の診察を受けさせる必要があると判断するべきであつたとまではいえず、眠つている太郎をそのままにして様子をみていた同署員の措置に過失があるとは認められない。

以上によれば、本件の経緯全体について、太郎に対する同署員の措置に過失があるとは認められない。

前記認定のとおり、太郎の死因は、自ら惹起した交通事故による腸間膜の損傷による腹腔内出血であるが、それは解剖の結果知られたことであり、受傷後に太郎を診察した医師もこれを発見することはできなかつたのであるから、専門家でない警察官が、全治一〇日、入院不要との専門家の診断を信じたことに無理はなく、そのような状況下で本件のような結果の予見可能性を認め、それを前提とする作為義務を認めることはできない。また、もし仮に太郎が留置されずに釈放されていたとしても、太郎本人も腹腔内出血の進行に全く気付いておらず、医師の診察に拒否的態度さえ示していたのであるから、同人が釈放されていたなら夜明けを待たず、深夜に医療機関に進んで赴き、救命に必要な開腹手術と止血の処置を遅滞なく受けていたであろうとは到底考えられないところであり、してみれば、留置されなかつたとしても腹腔内出血は翌朝までに同様の経過をたどつたであろうと考えられるから、留置と死亡との間に因果関係も認められない。

第四  結論

以上によれば、原告らの請求は、いずれも理由がないので棄却する。

(裁判長裁判官 白石悦穂 裁判官 水谷美穂子 裁判官 岡部純子)

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